ある企業が、入社した新卒社員に「どのような人物を目標にしているのか」と聞いたところ、そのうちの一人が「長谷川平蔵」と答えたという話を聞いたことがある。実在の人物でありながら、池波正太郎の小説像のほうがすっかり有名になってしまった。ちなみに実在した長谷川平蔵の旧宅は、都営新宿線菊川駅を地上に上がったところにあり、そこには説明板が立ててある。
元出雲市長で、現在は衆議院議員である岩國哲人氏によれば、長谷川平蔵は人を育て使う人材マネジメントにおいて学ぶべきところが多々あると述べている。部下への心遣いである。
同心や密偵の使い方にしても、平蔵は非常にうまい。その情報活用術と人心管理術は、現代の企業経営にも十分に通用するものであるという。
「蛇苺(へびいちご)」という作品の中で、尾行に失敗した密偵に「気にいたすな、お前ほどの者に落ち度はない」と言っておき、「よし、では今度はしくじるなよ」と次の指令を出し、再びチャンスを与える場面がある。また、いかにも頼りなげで煮え切らない感じのする配下の若者で、上司たちからも「あいつは使い物にならん」と思われているのだが、平蔵はうまく動かして、実際に手柄を立てさせている。危ないところへ部下を派遣するときでも、一人で行かせるのではなく、必ず二人をつけてやったり、本人にはわからなぬように密偵に後をつけさせたりする。
部下のほうも、自分のボスに対して、どこかそれなりの判断をしてくれているはずだという全幅の信頼を寄せている。だからこそ、その後の情勢の変化で危険が増したときでも、与えられた持ち場でしっかり仕事をすることができるのである。
また、自然にさまざまな情報が手に入るよう、その職場のことを一番よく見ている人間を見つけ、よい関係をつくり、そうして得た情報を、人事管理の上で使うこともある。しかし、なんといっても、配下の者たちと同じ目線で話ができるようにしていることが、とかく硬直しがちな組織の中で、トップが常に情報を仕入れては、いつも的確な判断で状況に対応しているところは学ぶべき点であると、岩國氏は指摘する。
平蔵の人材マネジメント術は、EFQMで言えばクライテリア#1dや#3e(部下への公正な評価処遇や動機付けにおけるリーダーシップの発揮と実践)にも参考になる。そして、部下たちが情勢の変化で危険が増したときでも、与えられた持ち場でしっかり仕事をすることができるような仕組みと環境があるということは、エンパワーメントというもののヒントになるものであるまいか。
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